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「貸税」記事について


 Fの「貸税」制度については「貸稲」と同じと考えられ、辞書などでも「律令以前の制度であり、稲を貸与え利息を取る行為。」という説明がつけられています。
『天武紀』には以下のようにそれまでの「貸税」の融資基準を見直すよう指示が出されています。

「天武四年(六七五年)夏四月甲戌朔壬午条」「詔曰。諸國貸税。自今以後。明察百姓。先知富貧。簡定三等。仍中戸以下應與貸。」

 この条の文章からは以前から行っていた「貸税」について、今後は貸す相手の貧富の状況を考慮に入れるようにと言う事で、その程度を三段階」に分けて、そのうち「中程度」の層以下に貸し付けるようにという趣旨と考えられます。(ちなみに後の「律令制」では「四段階」に分けています。)
 この「貸税」や「貸稲」制は、既に見たようにその起源は、「百済」で発見された木簡の状況から、「七世紀初め」にあると考えられ、この『天武紀』ではなかったことは確かです。
 また「改新の詔」に続く、「皇太子への下問の詔」では、「吉備皇祖母命」の「貸稲」は止めるとされていますが、「貸稲」(貸税)一般を禁止したものではなかったようで、「文面」からも「吉備皇祖母命」に限定されその「資金」を「解放する」という趣旨と思われると同時に、「公出挙」のように国家が「貸稲」(貸税)を行う前提として有力な「私出挙」である「吉備島祖母」の出挙を禁止し、国家がそれを接収したという性格があったものと推量します。
 この時点以降「貸税」(公出挙)は広く行われるようになったものとみられ、それは各諸国の重要な財源となっていたものと思料します。
 ただし、「百済」の例でも借り入れた「稲」の利子を一部しか払えないものや「全く」払えないものなどがいたもののようであり、「焦げ付き」が多数発生していたと見られます。このため、「公出挙」の財政の悪化を食い止めるため利息収入を上げる必要から、それ相応の収入があるものに対象を狭めた模様であり、それを示すのがこの「貸税」に関する「詔」であろうと考えられます。そこでは「中戸」以下とされていますが、それ以前は貸し付けの対象として「下戸」がほとんどであったのではないでしょうか。

 そもそも基礎的収入が絶対的に不足しているものに貸し付けても、返せないのは道理であり、しかも「利息」は「私的」なものでは最大十割がとされていましたから(「公出挙」に比べると少なかったと思われるものの)、倍にして返すことになります。
 「諸国」の「貸税」の場合は「五割」であったとみられますから、それでも1.5倍にして返さなくてはなりません。現在の「苗代」から稲作する場合、植える「稲株」の数倍の「稔り」がありますから、作柄さえよければそれも簡単なことかも知れませんが、反あたり収量が少なく、気温や日照りにも弱かったであろう古代を想定すると、「五割」でさえも返済は困難であったのではないかと推察されるものです。そう考えると、利息さえ返せなくなる者が頻発しても不思議ではありません。それは「百済」の木簡からも推定されることです。
 このような状況は「貸税」(貸稲)制度が始まって「すぐに」明らかになったことと思われ、それが数十年後の制度改定となるとは思われません。
 やはりこの「詔」は「貸税」の制度が「国内」に始められてそれほど日が経っていない時期のことと推察され、「七世紀初め」という「百済木簡」と同様の時期を想定すべきではないかと推察されるものです。
 
 ただしすでに述べたように(※)民間の「慣習」としては「貸稲」は弥生時代からずっと行われてきていたと思われ、『倭人伝』に引用された『魏略』にいう「春耕秋収を計して年紀と為す」とは「貸稲」という慣習があったことが前提とされるべきものであることを考察しました。これはその後も継承され「村落」という基礎的な共同体においては「公出挙」とは別個に住民同士の「互助システム」として在り続けていたと思われます。それが「班田制」という制度の制定と共に「公出挙」も行われるようになったものと思われるわけです。

(※)拙論『「春耕秋收」と「貸食」 「一年」の期間の意味について』(「古田史学会報」一二五号二〇一四年十二月十日)あるいは https://blog.goo.ne.jp/james_mac/e/fd3e8666160e96e331cdf72acad5a49chttps://blog.goo.ne.jp/james_mac/e/08de5a066c092706751c0639de3b5880 等のブログ記事

 
(この項の作成日 2013/05/30、最終更新 2015/07/02)(旧ホームページ記事を転載)