「シリウス」の謎(三) ―「シリウス」と「弥生時代」の始まり―
札幌市 阿部周一
「要旨」
「縄文時代」から「弥生時代」への移行は全地球的寒冷化にその原因があると見られ、その時期として紀元前八世紀付近が考えられますが、古代ローマの祭式や風習などから見ても同様にその気候変動が起きた時期として紀元前八世紀が措定でき、それに「シリウス」が関係していると見られること。気候変動の原因として「シリウス」の新星爆発に伴う「宇宙線」の増加が考えられること。同様の理由によりこの時期に放射性炭素(C14)が増加したと見られること。以上を考察します。
T.「縄文」から「弥生」への移行と「シリウス」
前稿では「紀元前」のかなり早い時期にシリウスの新星爆発とそれに伴う増光があったと見たわけですが、これと関係があるのではないかと考えられるのが、「縄文」と「弥生」の画期となった地球寒冷化です。
すでに国立民俗博物館(歴博)の報告(註一)により「縄文」から「弥生」への以降は従来考えられていたよりもかなり遡上する時期であったことが明らかとされています。これは「放射性炭素年代測定法」(AMS法)によって算出したものですが、「歴博」は公表されていた「国際較正年代」を元に弥生時代の始まりを紀元前十世紀としたわけですが、海洋リザーバー効果等の「C14蓄積効果」により海洋に至近の地域では年代測定に誤差が含まれることが推定されており、この量は地域によって異なるもので、日本のような周囲を海に囲まれた地域はかなりその効果が強いという見方もあります。「歴博」の発表はこの地域差に対する検討がやや欠如していた可能性が指摘されており、この点を考慮すると二〇〇〜二五〇年程度新しくなるという考えが主流と思われます。つまり「弥生時代」の開始年代としてはほぼ「紀元前八世紀」というものが措定されるわけですが、さらに熊本大学の甲元眞之氏を代表とする「考古学資料に基づく「寒冷化」現象把握のための基礎的研究」(註二)によれば、「乾燥化」「寒冷化」に伴う砂丘・砂堤・砂地の形成状況を分析することで寒冷化の時期を特定することができるとされ、結論として「…弥生時代の始まりは寒冷乾燥化した状況で成立したものであり、その時期はほぼ紀元前8世紀終わり頃と推定される。…」とされ、各種の遺跡の解析から縄文から弥生への移行は全地球的気候変動がその背景にあったとし、それは「紀元前七五〇年前後」という時期であったとされています。これらのことから地球寒冷化がこの時期起きていたことは間違いないものと思われますが、その原因については深く考慮された形跡がありません。
通常寒冷化のもっとも大きな要因は地球が外部から受ける輻射熱の減少であると思われ、火山の噴火による大気中のエアロゾルの増加が最も考えやすいものです。しかし、基本的に火山噴火のエアロゾルはかなり大きなサイズのものが多く、成層圏まで到達したとしてもその多くが早々に落下していったものと思われます。つまり火山による影響はよほど大規模で連続的噴火でない限り短期的であり、時代の画期となるほどの大規模で長期的なものの原因とはなりにくいと思われます。
この「紀元前八世紀」における大幅な「気候変動」と「シリウス」(の「新星爆発現象」)との間に関連があるのではないかと思われます。それは次に述べる古代ローマの儀式などから窺えます。
U.「ロビガリア」と気候寒冷化
「古代ローマ」の農業に関わる風習であった「ロビガリア」(Robigalia)では、「作物」が寒冷化や日照りなどで生育が不順とならないように「ロビゴ」(Robigo)という「神」に「生贄」を捧げるとされていますが、それが「赤犬」であったものです。
この「ロビガリア」の起源は伝説では「紀元前七五〇年付近」の王である「Numa Pompilius」が定めたとされています。(註三)それは四月二十五日に「赤犬」を「生贄」にすることで「ロビゴ」という女神を祭り、「小麦」が「赤カビ」「赤いシミ」が発生するような「病気」やそれを誘発する「旱魃」に遭わないようにするためのものであったとされます。これについては紀元前四十七年の生まれとされる「Ovid」の『Fasti』という詩集の中では「司祭」に対して「なぜ四月二十五日に赤犬を生贄にするのか」という問いに対し「司祭」は「シリウスは犬星と呼ばれ太陽と共に上ることと関係している」として、「それと炎暑が同時に起きるから」と答えています。(註四)
司祭はそれらの儀式(形式と手順など)を代々伝承しているはずですから、この伝承の当初から「赤犬」は「シリウス」に対して捧げられていたと考えられることとなるでしょう。つまり「ロビゴ」とは「シリウス」の農耕神としての側面の名前ではなかったかと考えられることとなるわけであり、この寒冷化(気候不順)が発生したと考えられる年次付近でこの儀式も発生していることとなりますから、多くの人々が「シリウス」と気候変動との関連を疑ったものと思われるわけです。(この時期に気候変動があったと思われるのは(ギリシャやローマの都市国家群の成立がほぼこの紀元前八世紀付近であることなど、転機や契機となる条件がこの時期発生していたことを窺わせ、それが気候寒冷化による食糧不足やそれに伴う飢餓、疫病発生など社会不安に端を発すると考えると整合すると思われます。)
さらにこの「シリウス」という名称については他の多くの星と違い「アラビア起源」ではなく「ギリシャ起源」とされており、またその契機は「ヘシオドス」(Hesiod)に始まると見られ、その時期としては紀元前八〇〇年頃とされています。「ホメロス」などは「シリウス」について「秋の星」(Autumnnstar)あるいは「オリオンの犬」(Orion's dog)とだけ記していますが、「ヘシオドス」は彼の生きた時代より一〇〇年前である「紀元前八世紀」のことを記した時点以降「Serios」(シリウス)つまり「燃える星」という形容をするようになります。(註五)それはやはりその時点付近で「シリウス」の増光という現象が発生したと見られることと関連していると思われるわけです。
この気候寒冷化と「シリウス」が当初から関連づけて考えられていたとみられることから、「シリウス」に何らかの異常があったという可能性があり、最も考えられるのは「新星爆発」現象でしょう。すでに「新星」が宇宙線の発生源となりうるという研究が出ており(註七)、その意味では「シリウス」が「新星爆発」を起こしたとすると、近距離でもあり、大量に「宇宙線」が太陽系に飛来したと見られ、
V.気候寒冷化と「シリウス」
現在「気候変動」について提唱されている説の中には「宇宙線による大気電離が,大気中のエアロゾル形成を促進し,雲核生成やそれに基づく雲量変化をもたらし,地球気候の変動に影響する」というものがあり(註六)、有力視されています。確かにデータ解析によれば「雲量」の増減と「宇宙線量」の増減には強い相関があるとされますから、「宇宙線」によって気候がある程度左右されることは間違いないものと考えられています。その「宇宙線」の飛来源としては通常は「銀河宇宙線」(銀河系中心からの宇宙線)あるいは「太陽宇宙線」がその主役とされていますが、「シリウス」が「新星爆発」を起こしたとすると、そのとき放たれた「高エネルギー宇宙線」が至近距離にある太陽系に(ほぼ減衰なく)向かってきたと思われるわけです。それが気候変動の大きな要因となったと考えても間違いとは言えないでしょう。
太陽フレアのように割と頻繁に起こる小爆発の場合、太陽から飛来する宇宙線の速度は光速のせいぜい20〜30%程度ですが、新星爆発のようなイベントの場合光速に匹敵するほどのものも飛来すると思われ、「シリウス」は太陽から近距離(8.6光年)に存在しているわけですから、「シリウス」でそのような爆発が起きたとすると、気候変動に対する影響は増光とさほど変わらない時期から起き始めたと推定出来ます。そう考えると、多くの人々はシリウスの増光と気候変動をつなぎ合わせて考えたとしても不思議ではなく、「ロビガリア」のような儀式が発生する一因となったものと思われるわけです。
もしこの考えが正しければ、高エネルギー宇宙線の影響が別の面で現われる可能性が高いと思われます。それは放射性炭素(C14)の生成量の増加です。
この時代の寒冷化が大気中のエアロゾル増加によるものであり、それが火山などの地球起源のものであるなら、C14の生成量の変化には結びつかないと思われます。この紀元前八世紀付近におけるC14の生成量はどうだったのでしょうか。
W.C14(放射性炭素14)の増加と「シリウス」
シリウスの新星爆発により発生した宇宙線が地球に飛来し上層大気にエアロゾルを大量に生成するという影響を与えたと考えたわけですが、同様の影響としてこの時大量の「C14」(放射性炭素14)を生成したとも考えられるわけです。そもそも「C14」の生成は飛来した宇宙線によって窒素原子(N14)から電子がはぎ取られC14となるというメカニズムであるとされ、その宇宙線の由来として「太陽」からのものの他「超新星残骸」や「銀河系中心」からのものなどが想定されています。そう考えると、シリウスの新星爆発によって大量の宇宙線が飛来した場合、大気中のC14の生成率は紀元前のある時期それまでとかなり異なる値を示したと考えられるわけですが、それは「年輪年代」と比較較正した「国際較正曲線」をみると明らかとなります。(はずです。)
上の考え方によれば紀元前八世紀付近で(主に年輪年代法による)暦年代と放射性炭素年代とでかなりの乖離が発生することが予想されます。そもそも大気中のC14の量が一定でかつ植物などがいつも一定の代謝を行うならば、年輪年代法と炭素年代法は一対一で対応し、その交点群は傾き一定の直線となるはずですが、実際には直線からずれが生じる年代があります。そして、まさに紀元前八世紀付近でかなり長期に亘って「傾き」が変化するのがみてとれます(急峻になる)。
曲線を見てみると2800BPから2700BPまでの値が年輪年代よりもC14年代の方がかなり新しいと出ています。これはこの時期C14が大量に生成されたためそれを取り込んだ遺物も大量のC14を残しているからと考えられるわけです。
通常はこのようなC14の生成率の変化は太陽活動と関係があり、活動低下期(マウンダー極小期のような)に太陽磁場の弱体化によって外部からの宇宙線が太陽系の内部に侵入しやすくなることで起きると思われていますが、宇宙線の飛来する量そのものの増加と言うことも充分考えられる訳です。
従来その飛来源として上に見たように「遠方」の超新星爆発(及びその残骸)を措定していたわけですが、新星爆発現象の方が宇宙では普遍的であり、頻度も桁違いに多いのですから、それが飛来源と見ることもできるわけです。特に太陽系近傍には白色矮星を持つ星系がかなり多いと言うことからもいえることであり、白色矮星という存在が主星との質量移動という相互作用をかなり普遍的に行っているらしいことからも、紀元前八世紀の宇宙線増加が「白色矮星」という存在と結びついていると解釈は成立する余地が充分あると思われ、その候補の筆頭にあげられるのが「シリウス」の「伴星」ではないかと考えられるわけです。
「註」
一.二〇〇三年五月十九日に「国立歴史民俗博物館」より記者会見という形で発表されたもの。その後各種の論文・報告が行われています。
二.「科学研究費助成データベース」研究課題番号:17652074 2005年度〜2006年度によります。
三.Varro『 On Agriculture』translated by William Davis Hooper(一九三五)(The Loeb Classical Library 283)
四.Ovid『Ovid's Fasti』translated by James George Frazer(一九三五)(The Loeb classical library 283)
五.Hesiod『The Homeric Hymns and Homerica (Theogony).』Translated by H.G. Evelyn-White.(一九一四)(The Loeb Classical Library)
六.増田公明「宇宙線による微粒子形成」名古屋大学太陽地球環境研究所(J. Plasma Fusion Res. Vol.90, 2 「2014」)など。
七.武井大、北本俊二 (立教大学)、辻本匡弘 (JAXA)、高橋弘充 (広島大学)、向井浩二 (NASA)、Jan-Uwe Ness (ESA)、Jeremy J. Drake (SAO)「新星は新たな宇宙線の起源か?」(アメリカ天文学会研究報告誌( Takei et al.2009,ApJL,697,54 )ここでは「新星爆発」によっても高エネルギー粒子が大量に生成されることを解明しています。