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(二)


「シリウス」の謎(二) ―昼間も見えていた?―

札幌市 阿部周一

「要旨」
ここでは全天第一の明るさの恒星である「シリウス」についての古記録から「シリウス」が紀元前に「赤い色」をしていたと見られること。それは中国では「朱鳥」としてイメージが形成されたらしいこと。しかも当時かなり増光していたと見られ「昼間」も見えた可能性が高いこと。それらには「シリウス」の「伴星」が関わっているらしいこと。以上を考察します。

T.シリウスについての古記録
 天文学者であり、「古天文学」という分野のパイオニアでもあった斉藤国治氏の『星の古記録』(岩波書店一九八二年)には、各種の古い記録に「シリウス」についてその色を「赤」と表現する記事があると書かれています。また海外でも同様にこの「シリウス」の「色」について議論が行われています。たとえば、二〇一一年に出された「Journal of Astronomical History and Heritage」(註一)でも同様の事が議論されています。
 それらによれば、エジプト、ギリシャそしてローマの古代の記録などに直接的あるいは間接的な表現として「シリウス」が「赤い」という意味のことが書かれているとされます。(註二)
 たとえば紀元前エジプトのプトレマイオス(トレミー)は「アルマゲスト」という天文書の中でシリウスについて「firely red」つまり「燃えるような赤」という意味の形容をしており、さらに同様の「赤い星」として、「アルクトゥルス」(うしかい座α星)「アルデバラン」(牡牛座α星)「ポルックス」(双子座α星)「アンタレス」(さそり座α星)「ベテルギウス」(オリオン座α星)という現在でも「赤い星」の代表ともいえるこれらの星の同列のものとして「シリウス」を挙げているのです。しかし他の赤い星の例に挙げられているものは確かに現代でも変わらず赤いわけですから、シリウスの例だけが不審であることとなります。(これが単に明るい星だけを挙げたものでないことは「カペラ」「プロキオン」「ベガ」など「明るくて白い星」が除かれていることでもわかります。)
 また「シリウス」の語源は「ギリシャ語」で「焼き焦がすもの」の意とされますから「火」に関係していると思われ、「赤色」のイメージが強い名前と言えます。
 たとえば古代ローマでは、炎暑の季節が来るとその原因を「シリウス」と太陽が一緒に出ているからだとして、「シリウス」を「赤犬」と称し、「生け贄」として実際に「赤い犬」を捧げたとされています。(註三)これも実際に「シリウス」と「赤」という色について関係があったからとも考えられます。
 さらにエジプトにおける「オシリス」神話では「シリウス」は犬の頭を持った冥土の神「アヌビス」とされていたようですが、壁画等を見ると「アヌビス」の頭は「黒褐色」あるいは「赤褐色」で表されており、「白」や「青白」のイメージとは程遠いと思われます。
 
U.「シリウス」と「朱鳥」
 「シリウス」について「赤かった」という記録がヨーロッパでも日本でもあったと考えられるならば、当然中国の史料にもそれを示唆するものがなければならないはずです。たとえば「天狼星」という呼称もされていましたが、それは「シリウス」の「青白い」色を狼の目の色になぞらえたという解釈もされているようですが、実際の狼の目の色はアンバーあるいは赤銅色であり、青白はほぼ存在しないとされます。つまりかえって「赤」系統ともいえる色と関係のある命名ともいえるものなのです。
 また「司馬遷」の『史記』にシリウスが色を変えると思われる記述があるのが注目されますが、(註四)「シリウス」と中国史料の関係という意味においては「四神」の一つである「朱鳥」との関連を考えるべきかもしれません。
 「朱鳥」についての記録には以下のようなものがあります。
「…東方木也,其星倉龍也。西方金也,其星白虎也。『南方火也,其星朱鳥也。』北方水也,其星玄武也。天有四星之精,降生四獸之體。…」(「論衡」物勢篇第十四 王充)
「…南方火也,其帝炎帝,其佐朱明,執衡而治夏。其神為惑,其獸朱鳥,其音,其日丙丁。…」(「淮南子/天文訓」より)
 これらを見てもわかるように「天帝」を守護するとされる「四神」のうち「朱鳥」は「南方」にあり、色は「朱」つまり「赤」、季節は「夏」、また「火」を象徴するともされます。そのことは「炎暑の原因」とされることなど、「シリウス」についての伝承とよく重なるといえるでしょう。またこの「朱鳥」の起源は「殷周代」まで遡上するとされますから、時代的にも齟齬しません。後に別の星(コル・ヒドラ)が「朱鳥」の星であるとされるようになるのは「シリウス」が今のように「白い星」となって以降のことではなかったでしょうか。つまり、その色が「朱鳥」の名に似つかわしくなくなった時点以降、「うみへび座」のα星「コル・ヒドラ」(別名「アルファルド」)が「朱鳥」とされるようになったものと推測します。
 確かに「コル・ヒドラ」は「赤色巨星」に分類される星であり、「赤い星」と言い得ますが、また「シリウス」と「コル・ヒドラ」は天球上でそれほど離れてはいないことも重要な点です。
 「おおいぬ座」の一部は「うみへび座」と境界を接しており、また「シリウス」と「コル・ヒドラ」は天球上の離角で四十度ほど離れているものの、春の夜空を見上げると同じ視野の中に入ってきます。このことからいわば「シリウス」の代役を務めることとなったものではないでしょうか。それにしては「コル・ヒドラ」がそれほど明るい星ではないことは致命的です。周囲に明るい星がないため目立つといえるかもしれませんが、「天帝」を守護するという重要な役割を担う「四神」の表象の一つとするにはかなり弱いといえるでしょう。(2等級です)これが「朱鳥」として積極的に支持される理由はほぼ感じられなく、「シリウス」の減光と「白色化」よって急きょ選ばれることとなったというような消極的選定理由が隠れているようにみえます。
 いずれにしても「紀元前後」付近以降の「シリウス」については「白色」であったとみられるものの、(註五)それが紀元前をかなり遡上する時点でも同様であったかは未詳とせざるを得ないわけです。しかし「シリウス」は天文学的には「主系列」の星に分類されており、安定した状態にある星とされており、大幅な変光とか色変化というようなことが想像しにくいのは事実です。ただし鍵を握っているのは「シリウス」の「伴星」です。

V.「シリウス」は「昼間」見えていた?
 「シリウス」には「白色矮星」の伴星(連星系で質量の小さい星をいう)を持っています。この「白色矮星」はその前身は「赤色巨星」であったとされます。
 シリウスが赤かったという記録とこの伴星の元の姿が「赤色巨星」であることは関係しているのではないかとは誰しも考えることで、その立場で諸説が建てられているようです。しかし「赤色巨星」から「白色矮星」への進化には十万年から百万年単位で時間がかかるとされ、紀元前付近から現代までというたかだか三千年程度の時間スケールでは無理とされているようです。ただし、「シリウス」から「伴星」である「白色矮星」に向かって「質量」が移動した結果、それが「伴星」の表面付近で核融合反応を起こして「増光」につながったとする考え方もあるようであり(註六)(それは「伴星」から「X線」が出ているとする「観測」(註七)と整合しています)、そのようなイベントが紀元前に起きていたという可能性もあると思われます。そのような場合時に「伴星」が大きく増光することとなり、「火星より赤い」といわれるような状態となったというストーリーも考えられるわけです。それを示唆するのが上に見た「古代ローマ」における「赤犬」を生贄にしたという儀式です。それによれば『炎暑の原因として「シリウス」と太陽が一緒に出ているから』とされていたようですが、しかし「シリウス」といえど「星」なのですから、その出番は夜であるはずです。それを踏まえると不審の残る表現と言えるでしょう。
 「シリウス」は「太陽」と共に昇る(これを「ヘリアカルライジング」という)とされますが、通常であればその直後視界から消えるわけですから、「共に昇るから」と言う理由だけからは夏の暑さを「シリウス」に帰することはできないでしょう。太陽がなければ見えているはずといってもそれは他の星も全く同様ですから、特にそれがシリウスの場合にだけ展開される論理とはできないはずです。これは実際に太陽とシリウスが同時に見えていたとき初めて有効な表現と思えます。つまり「シリウス」が「昼間でも見えていた」時期があったことを意味するものといえるでしょう。
(ちなみに「シリウス」が「赤かった」という古記録を「歳差」(註八)を理由とする考え方もあります。確かに「紀元前二〇〇〇年」付近ではりゅう座アルファ星が天の北極付近にいたらしいことが推論されており、この時点では「シリウス」は「赤道」からかなり南方に下がった位置にあったこととなります。このことから「大気」の影響により「赤い」という記録につながったというわけですが、そのような位置にある星が暑さの原因となったという伝承が成立するというのははなはだ考えにくく、このような伝承が形成されるにはもっと「シリウス」の高度が高いことがその前提にあるのは明らかであり、そのためにはその成立の上限として紀元前もせいぜい数百年のことと考えなくなくてはなりませんが、それもまた古記録と整合するものです。)
 もしそのような時期に「シリウス」の「伴星」表面で「水素」による核反応が大量に起きたとすると相当な増光となったはずであり、一般的にはこのような際には絶対等級でマイナス10等級程度にもなる例もあるとされますから、昼間見えたとして不思議ではありません。
 歴史上「昼間星が見えた」という記録はいくつか見られますが、それはいずれも遠距離にある「超新星」の例です。しかしそのようなスケールの大きいものではなく「新星爆発」現象を起こした程度でもそれが近傍の星であれば同様に昼間でも見える事となるのは当然です。
 昼間でも見えるためには最低でも「マイナス4等級」つまり金星の最大光輝程度の明るさが必要と思われますが、現在はシリウス伴星は8.7等級とされており、これが当時も同じでそこから増光したとすると12〜13等級の増光となりますが、これは新星爆発の際の増光としてはまだ少ない方であり、それよりもっと明るくなったとしても不自然ではないといえます。

次稿ではこの「シリウス」の増光と「縄文」から「弥生」への時代の移り変わりに関係があると見られることなどを考察します。
 
(註)
一.Efstratios Theodossiou, Vassilios N. Manimanis,Milan S. Dimitrijevi and Peter Z. Mantarakis『SIRIUS IN ANCIENT GREEK AND ROMAN LITERATURE: FROM THE ORPHIC ARGONAUTICS TO THE ASTRONOMICAL TABLES OF GEORGIOS CHRYSOCOCCA』(Journal of Astronomical History and Heritage, 14(3),2011)。同様の議論は他にも各種確認できます。
二.たとえば紀元前から紀元後にまたがって活躍したローマの政治家で哲学者の「セネカ」(Seneca Lucius Annaeus)はその著書『自然研究』(『Natural Questions』の中で「…the redness of the Dog Star is deeper, that of Mars milder, that of Jupiter nothing at all…」と記しています。(一九七一年にThomas H. Corcoran により訳されたものを参考にしています。The Loeb classical library 450、457)、さらに紀元前三世紀に活躍したギリシャの詩人「アラトス」(Aratos)の書いた『現象』(『Phaenomena』)を訳した「ローマ」の政治家「キケロ」(Cicero)や「司令官」であった「ゲルマニクス・カエサル」(Germanicus Caesar)は、「アラトス」が「シリウス」について表現した「poikilos」という語を「with ruddy Light fervidly glows」つまり「燃えるような赤」と表現したり、「シリウス」のことを「vomits flame」つまり「炎を吐き出している」と表現しています。(ただし、今回参考にしたのは一九二一年にA.W.Mairにより訳されたものです。The Loeb Classical Library No.129)
三.紀元前一世紀の時代の人間である古代ギリシャの天文学者の「ゲミノス」(Geminos of Rhodes)はその著書『Introduction to the Phenomena』の中で「dog days of summer」の暑さが「太陽」と「シリウス」が共に出ているからであるという「信仰」について「星は赤くてもそうでなくても明るいなら同じパワーがある」(…whether the stars be fiery, or whether they be merely bright, they all have the same power.…)とコメントしていますが、これは「シリウス」が「赤い」(かつ「明るい」)という事実を前提とした発言と思われます。(二〇〇六年に出されたJames Evans and J. Lennart Berggren.による英訳本、Princeton University Pressを参考にしています)
四.「參為白虎。…其東有大星曰狼。狼角變色,多盜賊。…」(『史記/卷二十七 天官書第五』より)
 「參」(これはオリオン座とされます)の東側に「大星」(明るい星)があり、「狼」というとされます。これは「シリウス」を意味すると思われますが、さらに「狼」の「角」(これが何を意味するか不明ですが)は色を変えるとされ、そのようなときは盗賊が増えるとされています。この記事はやや曖昧ですが、シリウスが時に色を変えるとされているようにも受け取ることが出来そうです。
五.Jiang Xiao-yuan「The colour of Sirius as recorded in ancient Chinese texts」(CHINESE ASTRONOMY AND ASTROPHYSICS, 1993)でも、紀元前後以降中国の記録では「シリウス」について「白い」というものしか見あたらないとされています。
六.同様の議論は既に一九八六年に科学雑誌「Nature」に掲載された「The Historical Record For Sirius:evidence for a white-dwarf thermonuclear runaway?」(Frederick c.bruhweiler, yoji kondo & Edward M.Sion)でも議論されています。そこでは連星系の一方から定期的に質量がもう一方の星にもたらされた結果その表面付近で核融合反応が強く起き、ある周期で増光するというものであり、広い意味で「シリウス」もそうではないかと考えられるわけです。ただし、質量の移動が非常にゆっくりとしたタイプとは思われます。
七.NASAのX線望遠鏡衛星である「チャンドラ」が撮影した映像では「シリウスA」よりも、伴星である「シリウスB」の方が明るく映っており、これはシリウスAからもたらされたガスがシリウスBに吸い込まれる際に加速され、その摩擦で何百万度にも熱せられているためであるとされます。また同様の現象は「紫外領域」でも確認されています。
八.地球の自転軸が月や太陽の影響により二万六千年の周期で「首振り運動」をすること。