ホーム:投稿論文:未採用分:シリウスと弥生時代の始まり:

(一)


「シリウスの謎」(一) ―「瓊瓊杵尊」と「シリウス」―

札幌市 阿部周一

「要旨」
 「天孫降臨神話」の解析から「猿田彦」等の「登場人物」と「天空の星座」(星)との対応が考えられる事。その場合「天孫降臨神話」の主役である「瓊瓊杵尊」に対応する「星」も存在するものと見られ、「おおいぬ座」のα星「シリウス」が最も措定できること。ただし、「火」や「瓊瓊杵」という表現が「赤い色」を示すことと「シリウス」の色が「白い」ことと整合していないとみられること、過去において「シリウス」が「赤かった」という記録があること。以上を考察します。

T.「星座」と「神話」の対応について
 『日本書紀』(以下『書紀』と記す)の神話の中に「天鈿女」と「猿田彦」の話が出てきます。天下りの前に地上界を調べに来た「天鈿女」の前に「猿田彦」が立ちふさがり問答する場面があり、この場面は従来解釈が難解な場面でした。それは話の展開と関係ない描写があるように思えるからです。たとえば、「雨の鈿女が胸をあらわにむき出して、腰紐を臍の下まで押し下げてあざ笑った。」というような描写です。
「…已而且降之間。先驅者還白。有一神。居『天八達之衢。其鼻長七咫。背長七尺餘。當言七尋。且口尻明耀。眠如八咫鏡而?然似赤酸醤也。』即遣從神往問。時有八十萬神。皆不得目勝相問。故特勅天鈿女曰。汝是目勝於人者。宜往問之。『天鈿女乃露其胸乳。抑裳帶於臍下。而笑?向立。』…」(『日本書紀巻第二神代下第九段の一書」』より)
 ここには「猿田彦」の顔などの描写が異常に詳しく出ており、唐突な印象を受けます。この部分やその後に続く「天八達之衢」とか「天鈿女乃露其胸乳。抑裳帶於臍下。而笑?向立。」というような妙に具体的な描写が何を意味するものか今までは不明でした。
 しかし、長崎大学の勝俣隆氏の研究(註一)ではこれらの部分については「天空の星座をなぞったもの」という解釈が行われており、有力と思われます。それによれば「猿田彦」の描写の部分は「牡牛座」の「ヒアデス星団」付近のことであり、「且口尻明耀。眠如八咫鏡而?然似赤酸醤也。」という部分の中で「口尻明耀」とされ「似赤酸醤」と書かれているのが「牡牛座」α星の「アルデバラン」のことと考えられるようです。「アルデバラン」は「赤色巨星」であり、その赤い色は「似赤酸醤」とされる色合いとも矛盾がなく、また冬の星座を代表するともいえる星であり、かなり目立ちますから、「神話」に取り入れられたとして不自然ではありません。この「ヒアデス星団」は大きく広がった明るい「散開星団」であり、「牡牛座」において「牡牛」の「顔」の部分を形成しています。肉眼でもその中に多数の星が数えられるほどであり、太古の人々にもなじみの星達であったと考えられます。
 さらに、勝俣氏も指摘されていますが(註二)、この「猿田彦」が「牡牛座」であるということからの連想として「天鈿女」の部分は「オリオン座」のことではないかと考えられます。上に見るように「天鈿女」と「猿田彦」は「向かい合って」立っていることとなりますが、「オリオン座」と「牡牛座」も向かい合っている形になっています。「ギリシャ神話」でも「突進する雄牛」とそれを迎え撃つ「オリオン」という見立てになっており、この星々の配列から「互いに向かい合う」という姿を想像するのはそれほど難しくありません。
 また「天鈿女」は「汝是目勝於人者」と「瓊瓊杵」から言われており、それは「天鈿女」の「目」が「猿田彦」の「赤酸醤(ほうずき)」のように輝く光に負けない光と色であることを意味すると思われ、これは「オリオン座」のα星「ベテルギウス」を指すものとみて間違いないでしょう。「ベテルギウス」も「アルデバラン」も共に「赤色超巨星」に分類される星ですが、「ベテルギウス」の方が「アルデバラン」よりも明るく、それが「瓊瓊杵の言葉」に反映していると考えられます。
 このように配列に特徴のある星達(星座)があることにインスパイアされて「天上」から下りてくる「天鈿女」とそれを迎える「猿田彦」というストーリーが組み立てられたと考えられるわけです。

U.「瓊瓊杵尊」の星は何か
 上のように解析すると、他の登場人物も天空の星との対応があると考えるのが自然です。勝俣氏も神話世界の登場人物の多くが天上の星と対応しているとされていますが、肝心の「瓊瓊杵尊」に対応する星については触れられていません。しかし「瓊瓊杵尊」はこの「天孫降臨神話」の中心人物であり、彼を抜きにして神話は語れないわけですから、彼の表象としての「星」も存在して当然と思われるわけです。
 「瓊瓊杵尊」は「天鈿女」に案内されて来たとされ、その前方に立ちふさがるように「猿田彦」がいるとされているわけですから、「瓊瓊杵」は星座で言うと「牡牛座」から見て「オリオン座」の向こう側にいるはずであり、「火(ほ)」の「瓊瓊杵尊」という名にふさわしく明るく輝く星であると考えると、該当するのは「おおいぬ座」のα星「シリウス」である可能性が高いでしょう。
 「全天第一」の「輝星」である「シリウス」は周囲を圧するように明るく輝き、その姿は神々しいほどです。また「おおいぬ座」の「おおいぬ」は「オリオン」が引き連れていたお供の犬(「猟犬」)であるとされていますから、「オリオン座」のすぐ背後に位置しており、「天鈿女」と「瓊瓊杵」の位置関係によく似ているともいえます。しかも「瓊瓊杵」は「皇孫」であり、特別な存在ですからその投影である「星」も他と一線を画するような存在でなければならないと思われます。さらにそれが「オリオン」の至近になければならないとすると「シリウス」以外には候補として見あたらないのが現実です。
 この星が「瓊瓊杵尊」として「神格化」されていたとしても全く不思議はないと考えられます。ただし、問題がないわけではありません。それは「色」の表現です。

V.「瓊瓊杵尊」と「赤」
 「瓊瓊杵尊」には「火」(ほ)という美称が付けられています。この「火」は「赤」いという意味があります。これは「穂」に通じるという説もありますが、「穂」の色はいわゆる「黄金色」であり、もし古代米であったなら「赤米」であってその色はやはり「赤」であったと思われますから、少なくとも「白」や「青白」ではないと思われます。
 また、当時の技術では「火」の温度として「白色」になるほどの高温は作れなかったであろうと思われ、人工的に作る「火」はすなわち「赤」であったと思われます。
 語源的にも、「あかるい」という語の語源は「火」の色を示すものであり、「赤」という色のイメージからできた言葉ではないかと思われ、今も日本人が太陽を描くと「赤」に塗るなど太陽に「赤」というイメージを持っているのは「火」が赤いことからの類推と思われます。そう考えると「シリウス」に対して「火」という美称が使用されていることは、「赤」と「白」というように「色」が整合しない不審があることとなります。「太陽」はともかく星の場合色はよくわかりますから、合わない色を形容として使用するとは考えられません。
 また「瓊瓊杵」という名前に使われている「瓊」という文字は『説文解字(巻二)』(註三)では「瓊 赤玉也」とされており、そうであれば「火瓊瓊杵」とは「燃えるような赤い宝石」という形容を持つ名前となってしまいますから、「赤」のイメージがさらに強まることとなります。
 しかし前項で行った「神話」と「天空」の星との関係の解析からは「シリウス」が最も「火瓊瓊杵尊」に該当する可能性が高いとみたわけですが、「シリウス」は天文学的には「主系列」に属し、色としては「白」あるいは「青白」とされています。上で見たように「猿田彦」や「天鈿女」などの場合そこに見られる特徴と「星」の色などは正確に整合しているわけですから、この「シリウス」の例はかなり不審といえるわけです。ところが古代において「シリウス」が「赤かった」という記録が複数あるのです。

次稿では「古記録」に見える「シリウス」について考察します。

「註」
一.勝俣隆『星座で読み解く日本神話』(大修館書店 二〇〇〇年六月)の第十二章によります。(同内容の議論を勝俣氏は『星の手帖』四十四号(一九八九年五月)でも試みています。)
二.同上資料の第十四章によります。
三.『説文解字』とは『後漢」の「許慎」の作であり、漢字を五百四十の部首に分け、その成り立ちを解説し、字の本義を記したものとされます。