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八世紀以後の日本国のこと



 九州王朝が「新日本国王朝」に取って代わられるその瞬間を記します。
「廃評の詔勅」は「倭国王朝」としての高市皇子(持統天皇)が出したものですが、新日本国に取って代わられた後では「最初」から「郡」であったことになりました。「評」は消されることとなったのです。