想定したように「シリウス」が(というより「シリウス」の伴星が)新星爆発を起こしたとすると、大量の高エネルギー粒子を周囲に「まき散らした」と見られるわけですが、そうであれば大気中のC14の量は相当程度増加したであろうことが推定できます。それは即座に放射性炭素年代法による年代測定に多大な影響を与えざるを得ないものと思われるわけです。
放射性炭素の生成プロセスとしては、基本的に「宇宙線」の飛来により上層大気で電子をはぎ取られた窒素(N14)が放射性炭素へと変化するというものです。この「宇宙線」の発生源としてはいくつか考えられていますが、主に「太陽」と「銀河系中心」及び「超新星残骸」がその多くを占めているとされます。このうち最も影響が大きいのは「銀河系中心」から来るものであり、「超高エネルギー粒子」に分類されます。このタイプの宇宙線は地中深くまで到達するほどのレベルであり、地球の磁場はもとより太陽の造り出している磁場による防御さえ全く無力といえます。それに対し超新星爆発による宇宙線は1段レベルが下がりこの場合は太陽の磁場でかなりの部分が遮られることとなります。逆に言うと太陽活動の変化により、地球に降り注ぐ量が増減することとなるわけです。またこれら低レベルの宇宙線は平常時の場合は地球の磁場により多くが遮蔽されますが、時折発生するフレア(太陽面爆発現象)に伴うものはレベルが高く上層大気に深く侵入し、「オーロラ」として観測されることとなります。
この「オーロラ」でわかるように基本的に地球磁場の双極性の効果により両磁極付近に宇宙線はその侵入方向を拘束され、高緯度地方にその多くがやってくることとなり、低緯度地方では少ないという傾向があることとなります。その結果高緯度と低緯度の雲量は平常時よりも差が出る事となり、それは即座に極域と赤道域の温度差の増大という結果に結びつくこととなるでしょう。これが「極域振動」のパターンを変化させる要因となるであろう事が推定されるわけです。
ところで、既にシリウスの新星爆発により発生した宇宙線が地球に飛来し上層大気からいわゆる「宇宙線シャワー」を発生し、それににより低高度にエアロゾルを大量に生成するという影響を与えたと考えたわけですが、太陽フレアのように割と頻繁に起こる小爆発の場合、太陽から飛来する宇宙線の速度は高速のせいぜい20〜30%程度ですが、新星爆発のような希少なイベントの場合光速に匹敵するほどの速度ものも飛来するという研究もあり(※)、「シリウス」は太陽から近距離(8.7光年)であり、「シリウス」でそのような爆発が起きたとすると、気候変動に対する影響は増光とさほど変わらない時期から起き始めたと推定出来るでしょう。そう考えると、多くの人々はシリウスの増光と気候変動を(直接の原因として)関連して考えたとしても不思議ではなく、「ロビガリア」のような儀式が発生する一因となったものと考えられるわけです。
そして、同様の影響としてこの時大量の「C14」を生成したとも考えられるわけですが、その場合大気中のC14の生成率は紀元前のある時期それまでと全く異なる値を示したと考えざるを得ないこととなります。それは「年輪年代」と比較較正した「国際較正曲線」をみると明らかとなります。(はずです。)
上の考え方によれば紀元前八世紀付近に年輪年代法による暦年代とAMS法による放射性炭素年代とでかなりの乖離が発生することが予想されます。もし大気中のC14の量が一定でかつ植物などがいつも一定の代謝を行うならば、年輪年代法と炭素年代法は1対1で対応し、その交点群は傾き一定の直線となるはずですが、実際には直線からずれが生じる年代があるのです。そして、まさに紀元前八世紀付近でかなり長期に亘って「傾き」が変化するのがみてとれます(急峻になる)。
曲線を見てみると2800BPから2700BPまでの値が大幅にC14年代の方が新しいと出ています。つまりこの時期C14が大量に生成されたためそれを取り込んだ遺物も大量のC14を残していると考えられるわけです。
通常はこのような宇宙線変動は遠方の超新星爆発に伴うものと考えたり、太陽活動の低下が(マウンダー極小期のように)相当長期間継続したとみるのが通常ですが、近傍にその飛来源があるとみても不自然ではありません。なぜなら超新星爆発より新星爆発現象の方が宇宙では普遍的であり、頻度も桁違いに多いのですから、それが近傍で起きたと考えることは不自然ではないわけです。それは太陽系の近傍に白色矮星を持つ星系がかなり多いと言うことからもいえることであり、白色矮星という存在が主星からの質量移動という相互作用をかなり普遍的に行っているらしいことからも、紀元前八世紀の宇宙線増加が新星爆発現象によるものという解釈は成立する余地があると考えられるわけです。
このようなことが実際に起きたことを示唆するのがいわゆる「二四〇〇年問題」です。
「二四〇〇年問題」というのは、弥生時代と思われる2400BP付近より以前の時期において、放射性炭素の残存量が実年代(暦年代)に関わらず一定となる現象です。つまり2700BP付近から2400BP付近までにおいて放射性炭素測定の結果はほぼ一定となり、そのことから、この期間においては放射性炭素による年代測定が非常に困難となっているとされるものです。
このようなことが起きる原因はもっぱら「海洋リザーバー効果」によるとされます。つまり「海洋」に蓄えられた二酸化炭素が大気中に放出されることで、大気中の放射性炭素の量が増加してしまい、それがちょうど半減期による崩壊量を打ち消した状態となっているというのです。もしそれが正しければ、海洋中から大気に放出される炭素(というより二酸化炭素)の量が異常に増えたか、量は増えていないがその中に含まれる放射性炭素の割合が多かったのかのいずれかであることとなります。
海洋からの放出量が異常に増加するというイベントがあったと見るには実際にはその根拠が曖昧です。深海からの上昇流が表面に現われた段階で海面から放出されたとするとその流れのサイクルが異常に速くなったか、気温が異常に高くなり、それにより蒸発が盛んになった結果大気中の二酸化炭素も増加したというようなことを考えなければなりません。しかし現在の研究では紀元前に大きな気温上昇とそれに伴う海進現象があったとは考えられていません。このことは気温上昇などによる大量の二酸化探査の大気中への放出という現象の可能性を否定するものです。そうとすればこの時期海洋に蓄積された二酸化炭素の中に大量の放射性炭素が含まれていたと見なさざるを得ないこととなります。通常この「リザーバー効果」というもののタイムラグとして400年間程度が推定されていますから、その意味からもその大量の放射性炭素の由来として最も考えられるのは、すでに述べた「シリウス」の新星爆発に淵源する放射線による大量の放射性炭素の生成という現象です。
BP2800付近でシリウスからの宇宙線増加という現象があり、それはその時点の植物など光合成を行う際に取り込まれた二酸化炭素にも影響を与えたと思われると同時に、海洋に取り込まれた二酸化炭素にも同様に大量の放射性炭素が含まれていたことを推定させるものです。そして、それから数百年の間大気中に高い濃度の放射性炭素が含まれた二酸化炭素を放出し続けたとすると、まさに「二四〇〇年問題」に現われる現象となったと見ることができるでしょう。
(※1)増田公明「宇宙線による微粒子形成」名古屋大学太陽地球環境研究所(J. Plasma Fusion Res. Vol.90, No.2 (2014))
(※2)武井大、北本俊二 (立教大学)、辻本匡弘 (JAXA)、高橋弘充 (広島大学)、向井浩二 (NASA)、Jan-Uwe Ness (ESA)、Jeremy J. Drake (SAO)「新星は新たな宇宙線の起源か?」(アメリカ天文学会研究報告誌( Takei et al. 2009, ApJL, 697, 54 )及び二〇〇八年にプレスリリースされたNASAゴダード宇宙センターからの資料(田代信、武田幸功(いずれも埼玉大学)が中心メンバーのX線天文衛星「すざく」を利用した研究プロジェクト)
(※3)このことに関しては山本直人「縄文時代晩期における気候変動と土器型式の変化」名古屋大学文学部研究論集(史学)が詳しく、参考になります。
(この項の作成日 2016/03/19、最終更新 2016/07/09)